田中麻莉絵(たなかまりえ)さんの今!余命5年、ヘルプマーク普及活動をする彼女の想い。

みなさん、ヘルプマークを知っていますか?

わたしは、2019年5月31日にウィンク愛知で

「ヘルプマークを知っていますか? ~命と時間のお話~」というテーマで、 田中麻莉絵 (旧姓: 小崎(こぜき ) さんの講演を聞くまで、このマークの存在を知りませんでした(>_<)

普及活動に尽力を注ぐ田中麻莉絵さん

5年前の8月、余命5年と告げられた 麻莉絵 さん。 余命を日数にすると、1825日 。そう、2019年の今夏は余命を受けた夏を迎えます。

彼女の講演は2時間に及ぶものでしたが、息を切らしながら、そして、最後には椅子に座り、言葉ひとつひとつ丁寧に選びながら話してくださる姿に、会場中からすすり泣きの声が漏れるほどでした。

今回は 骨髄異形成症候群と闘いながらヘルプマーク普及活動を進めてきた 田中麻莉絵 さんにスポットを当てたいと思います。

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◆田中麻莉絵さんのプロフィール

名前 田中麻莉絵 (旧姓: 小崎(こぜき ) 麻莉絵 )
生年月日 1983年8月19日生まれ
出身三重県 四日市市
学歴 皇学館大学卒業

幼少期のころは、読書が好きで、あまり積極的に深く人付き合いをするほうではなかったそうです。

幼少期のお写真

◆◆ヘルプマーク普及活動に至るまでの経歴

2012年 28歳
名古屋市中村区亀島 にホームページ制作会社株式会社オアシスを設立。          
東京都がヘルプマークを導入
2014年
8月18日
30歳 誕生日の前日
余命5年の骨髄異形性症候群(MDS)だと医師から宣告を受ける
~1年4か月の療養生活~
2015年
7月
31歳
時短勤務で職場復帰 (見た目は健常者であるが故の苦しみに気づく)
2016年
10月
中高一貫校教諭の田中紘成(ひろなり)さん(36)と
光と風の時間で結婚式
2016年
11月
愛知・名古屋での認知度が低い、ヘルプマークの普及活動
終活事業ヘルプマーク啓発事業を立ち上げ、
いのちの話をしながらイベント・講演・セミナーなど開催
2017年
10月
名古屋市でもヘルプカードの配布が開始
2018年
1月5日
株式会社オアシスブログで年始の最後の挨拶
2019年
3月末日
株式会社オアシス・NPO法人いのち繋ぐプロジェクト
エンディングサービス 退社
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2019年
5月末日
ウィンク愛知において
「ヘルプマークを知っていますか? ~命と時間のお話~」 講演会

◆◆ 骨髄異形成症候群 とは?

骨髄異形成症候群(こつづいいけいせいしょうこうぐん)とは、骨髄機能の異常によて前白血病状態となり造血障害を起こす症候群である。

正常な血液細胞がつくられなくなり、貧血や、出血が止まりにくい、感染により発熱しやすい、といった症状が現れる病気。血液の病気ですね。

◆◆ 骨髄異形成症候群の症状は?

発症時の症状は乏しい。無症状かあるいは赤血球の産生が低下して慢性の貧血を起こす。

麻莉絵さんも疲れているのかな?寝不足なのかな?程度にしか思ってなく、起業後に行った健康診断で、たまたま病気が分かる。

◆◆ 同じ病気で闘った芸能人は?

2006年12月20日、骨髄異形成症候群のため74歳で亡くなった青島幸男さん。衆議院議員や東京都知事も歴任。マルチな分野で活躍されましたが・・・わたしが印象に残っているのはやっぱりこれ

長谷川町子の4コマ漫画作品『いじわるばあさん』を原作として製作された日本のテレビドラマ「いじわるばあさん」!!これ本当に面白かったよねぇ~もう一度みたいドラマだわ。

青島さんもこの病気と闘っていたのですね。

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◆まりえさんのヘルプマーク普及活動

ヘルプマークは、「周囲の人が、外見からはわかりにくい障害や病気を持つ人に気づくためのマーク」として、作成されたものです。

麻莉絵さんも舞台に上がられたとき、病気を抱えている人には全く見えませんでした。

溢れるほどの笑顔に、仕草がかわいらしい一人の若い女性

当時の東海地方では、ハートプラスマークを付けている人はいましたが、ハートプラスマークは「内部障害・内臓疾患を示すマーク」として作られていました。

ハートプラスマーク

残念なことに、このマークも私は知りませんでした(>_<)

麻莉絵さんは、 約1年4カ月、入院と自宅療養を繰り返して病状が安定し2015年7月職場復帰。

通勤ラッシュを避けたとしても、優先席以外が空いているケースというのは、あまりありません。そのため、やむなく優先席に座るのですが、そうするとご高齢の方から「若いのに、ようそんなとこに平気で座っとるな」とお叱りを受けることがありました。事情を説明すると理解はしてくれるのですが、その方たちはすごくばつが悪そうになり、お互いにその場に居づらい雰囲気になってしまいます。

 出典 オルタナS

まず、 麻莉絵さんは誤解を招かないためにも、規定に沿っていれば自作も可能だと分かり、オリジナルのプレートを作ってフェイスブックに投稿

この投稿が反響を呼び、普及活動を決意!!

まずは、河村市長さんにも関心を抱いてもらうために、署名活動を行いました。2017年4月から開始し、6月末までに1万人を達成。

このヘルプカードも、2017年7月にJIS化され、同年10月、 ヘルプカードの配布が開始されました

ヘルプマーク表面

職場復帰してから、ちょうど2年ですね(*_*) 東京都に比べると5年もあと・・・なんと遅い・・・・

そして 麻莉絵 さんが今、一番私たちに伝えたいことは

健康な人がこのマークを知り、手を差し伸べて欲しい。声をかけてほしい。

ということでした。

2018年末に再び体調を崩し、普及活動や講演活動もままならなくなりました。

麻莉絵さんが普及活動ができないならば、私たちに普及してほしい。1人が10人に話せば、多くの人が知ることができる。そのような講演でした。

今回、このような機会に恵まれ、 麻莉絵さんにお会いできたのもの何かのご縁。わたしもここで少しでも皆様にヘルプマークの理解が得られることを祈っています。

また、 麻莉絵さんが余命宣告日を過ぎ、いつまでもかわいらしい笑顔でいられることを願っています。

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ヘルプマークの入手方法や配布場所は?東京オリンピックに向けJIS認定、みんなで広げよう、ヘルプマーク。

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2 Replies to “田中麻莉絵(たなかまりえ)さんの今!余命5年、ヘルプマーク普及活動をする彼女の想い。”

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