小原大樹の経歴と成績を調べてみた!家族についてと弟はアナウンサー?

エンゼルス・大谷翔平投手(25)の花巻東時代の同期だった日本製紙石巻・小原大樹投手(25)がメジャーリーグに挑戦するそうです!

12月いっぱいで 日本製紙石巻を退社し、来年2月にメジャー複数球団のテストを受験する予定の小原大樹さん。

良く知らないので、家族構成や出身中学、花巻東での活躍や社会人になるまでの経歴をまとめてみました。小原大樹さんのご家族の愛と、良き仲間や恩師に囲まれたすばらしい環境にいる方なんだなと感じた結果となりました。ど~ぞ♪

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◆ 小原大樹(だいき)さんのプロフィール

生年月日1994年9月9日
所在地 神奈川県横浜市 青葉区
出身 岩手・滝沢市生まれ
家族父(2016年3月57歳で死去)
母(2016年時点で43歳)
弟(3歳下の小原和樹)
学歴 滝沢東小 (岩手県滝沢市)
滝沢二中 (岩手県滝沢市)
花巻東高等学校 (岩手県花巻市にある私立高等学校)
慶應義塾大学
日本製紙石巻 に入社
身長・体重180cm・84kg
血液型AB型

◆小原和樹さんの家族の紹介

◆◆父の誠さん

高校の体育教師だった誠さんは、

慶応大学4年生の2016年3月26日に肝臓がんで57歳の若さで亡くなった。

ちょうど東京六大学秋季リーグ直前のこと。

「慶応への合格は厳しい」と周りには反対されたが、父だけは背中を押してくれたそうです。「逃げずにできるまで努力しろ」と言われていたそうです。

「酸素ボンベをつけてでも応援に行きたい」と言っていたそうなので、開幕前から病と闘っていたのですね

◆◆母の祥子さん

慶應義塾大学4年生の2016年4月10日に神宮球場で行われた東京六大学野球秋季リーグでつかんだ勝ち星のウイニングボールを 母祥子さんに手渡した 。お父さんには渡すことができなかったウイニングボール

◆◆弟の小原和樹さん

弟の和樹さんもツイッターでお兄さん大樹さんのメジャーへの挑戦にエールを送っていますね。

この小原和樹さんも小原大樹さんと同じように野球をやっていて岩手県立盛岡大三高校で甲子園を目指し、慶応義塾大学へ進学。大学3年生の時にはセカンドのレギュラーとして活躍し、大学最後の明治神宮野球大会では優勝経験もあります。

なかなかのイケメン(*^_^*)

春からはアナウンサーの予定らしいです!やっぱり~~

「甲子園の実況などをしたい」というお話もされているので、NHKかなぁ~

来年以降、テレビでお目にかかれることを楽しみにしています♪

◆小原大樹さんの野球経歴

◆◆小中学校時代

滝沢東小の4年生の時に上田バンビーズで野球をはじめました。

滝沢二中では 「盛岡北リトルシニア」に所属

◆◆花巻東高等学校時代

高校時代の身長・体重は、177㎏69gとあります。少し今よりやせてるね~

花巻東高校には以下のコースがあるようです。小さいころから野球をやっていた小原さんはスポーツコースだったのでしょうか

  • 特別進学コース
  • スポーツコース
  • 進学コース(1年次)
  • 進学コース(2・3年次)
  • ビジネスコース

花巻東高等学校の卒業生

大谷翔平さんとは同級生ですね!野球選手が多くいる高校でした。

  • 大谷翔平( ロサンゼルス・エンゼルス所属)
  • 菊池雄星(シアトルマリナーズ所属)
  • 阿部成宏(元プロ野球選手)
  • 泉沢彰(元プロ野球選手)
  • 千葉耕太(東北楽天ゴールデンイーグルス所属)
  • 高橋樹也(広島東洋カープ所属)
  • 岸里亮佑(北海道日本ファイターズ所属)

高校時代の野球での活躍

高校時代は、成長痛などであまり登板できていなかった大谷翔平選手に代わりに先発を務める 。

甲子園には2度出場!

2年生のときの夏の甲子園は背番号「14」 帝京戦では伊藤拓郎投手(元・横浜DeNA)と投げ合いましたが 先発し、4回途中5失点で、2番手・大谷に替わったが7―8で敗れた。

3年生のときの春の選抜は背番号「12」

強豪校でのベンチ入りしています。

右の大谷、左の小原として注目を集めていましたね

◆◆慶應義塾大学時代

1年生の春からリリーフで登板。

2年生では、肘の故障で登板できない時期もありましたが、それ以外はコンスタントに登板。

4年生の時には、先発として出場した春には 法大戦で5回2失点に抑え、リーグ16戦目にして初勝利を挙げ、秋のリーグ戦でも1勝。通算2勝 の活躍。

大学通算で24試合に登板し2勝3敗という成績を残しました。

◆◆日本製紙石巻時代

プロ入りを目指し2016年入社し、今年3年目。

社会人としては主にリリーフとして活躍。

今年は都市対抗・日本選手権への出場は無く、都市対抗では補強選手にも選ばれなかった。

社会人野球は3年目までに指名されなければ、プロ入りの可能性は低くなると判断し、スタイルを変えて挑んだが、今年も指名されることがなかった。

3年先輩の菊池雄星投手、大谷投手、花巻東の佐々木監督に相談し、メジャーへの挑戦を決意したそうです。

◆まとめ

仲間や先輩、恩師の後押しで、 日本製紙石巻を辞め、2月からメジャーへの挑戦をしていくのですね。

お父さんの 「逃げずにできるまで努力しろ」という言葉があった大学進学のときといい

大樹さんは、周りの人からとても愛され、そして認められているる方のような気がしました。

今年の春から プロ入りの可能性を高めるためにサイドスローに転向しています。メジャーでもサイドスローは珍しいらしいので、そこが評価されるといいですね!!

諦めずに3年間社会人野球でがんばり、ダメなら自分から立ち向かう!この姿勢がすごい、と思いました

2月以降のメジャーへの挑戦結果も楽しみですね(*^_^*)

アメトークでは、大谷翔平さんのところで顔なしでコメントだけ出ていた小原大樹さん。これからは、メインでの活躍を期待していますよ♪

ちなみに、、、、

小原大樹で検索すると出てくる「競輪」は小原太樹さんのようですね。ややこしいです(笑

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