小柳ルミ子の本名や実家がお金持ちで親せきにサッカー選手?宝塚時代の若い頃もかわいい!

大のサッカーファンで、宝塚音楽歌劇団出身の

小柳ルミ子

なぜ、こんなにスタイルを維持できるの??というくらい細い!!しキレイだよね~~

今回は、小柳ルミ子さんの若い頃のかわいい画像や宝塚時代のエピソード、本名や実家や親せき、経歴などについてまとめてみました。

ど~ぞ♪

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本名は?

小柳留美子(こやなぎるみこ)さん

カタカナにしているだけで、本名だったんですね。

あだ名は、ルミちゃんやルミルミだそうですよ。

実家や家族は何してる?

出身は、福岡県福岡市早良区。さわらく、と読むんですね。

小柳ルミ子さんの実家の家族ですが、父・母・ルミ子さん三人

ルミ子さんは一人っ子のようです。

お父さんは、運送業を経営していたようでいわゆる社長。

ルミ子さんが3歳の時に亡くなっています

お母さんは、秋田県出身で愛子さん。

そのお母さんは再婚し、その後はこの方と一緒に住んでいたようですね。

そしてこの再婚相手の方は裕福な方だったのかもしれません。

なぜなら、小柳ルミ子さんは、小さい頃から、日本舞踊・クラシックバレエ・ジャズダンス・タップダンス・ピアノ・三味線・習字・歌、8つのお稽古を母・愛子さんの影響でやっていたから。

それは、おかあさんがルミ子さんを歌手にしたかったからのようですね。

この時代にこれだけ艶やかなお稽古がやれるのは、相当裕福な家庭だったのではないでしょうか。

親せきにサッカー選手?

本当の話でした

J3・ザスパクサツ群馬所属の髙澤優也(たかざわゆうや)さん

優也さんのおじいちゃんとルミ子さんはゴルフ仲間のようですよ。

え??何歳?と思ったら、

優也さんは1997年2月19日生まれの23歳なので、

68歳の小柳ルミ子さんと優也さんのおじいちゃんが同年代というのも納得ですね(笑

親せきにサッカー選手がいるだけではなく、サッカー観戦が趣味のようで話題になっていますね

そして、もう一人、福岡県でドラァグクイーンとして活動しているハイレグと下着の女王、リリー・チャンは小柳ルミ子さんとは又従妹だそうですよ。

ドラァグクイーンとは、簡単に言えば女装した男性
ミッツ・マングローブ
マツコ・デラックス 
バブリーナ 
ギャランティーク和恵
ナジャ・グランディーバ 
肉乃小路ニクヨ など。

ギャランティーク和恵の出身高校や大学、年齢や身長、お店を調査。すっぴん画像がイケメン

学歴

出身中学

筑紫女学園中学校

福岡県福岡市中央区にある中高一貫校の私立女子学校で、学業を優先だが芸能活動を許可している学校

–有名な卒業生- 山本美月・蒼井優・橋本志穂(タレント)、柴田倫世(アナウンサー)

結構有名な方々も卒業していましたね

出身高校

宝塚音楽学校に56期生として入学。

同期には、萬あきら、女優の麻実れい、東千晃さんらがいる。

兵庫県宝塚市に校舎を置く私立学校で合格者数約40名で倍率が約25倍。

1000人ほどが受験をしているということですね!

小柳ルミ子さんもその狭き門を突破して入学したようです。

【高学歴順】女性芸能人・有名人の出身高校や出身大学など学歴まとめ。

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宝塚時代の若い頃は?

実は、宝塚入学だけでもすばらしいことなのに、

1970年、宝塚音楽学校を、なんと首席で卒業しています!

写真は入学前の16歳のときのようですが、『送辞』と『答辞』を読んだことを話していますね。

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宝塚 105期生、卒業おめでとう㊗️‼️ 1枚目の写真は宝塚に送った15才の時の写真。立ち方がバレエ🤣💦 私が56期生だから、もう49年も経ったんですね🤣そりゃそうね‼️私が歌手デビューして、来年で50周年だもの🤣本科生の卒業報道見て、懐かしかった💕私も自慢じゃないけど、『送辞』と『答辞』両方を、読んだんですよ😊 私の初舞台は1970年、大阪万博の時でした。懐かしい私の青春です✨卒業生の皆さん、芸事は勿論、人としての振る舞いや、プロ意識…沢山学んで下さいね🤗💕頑張って下さい‼️ ⠀ #宝塚 ⠀ #宝塚音楽学校 ⠀ #宝塚歌劇団 ⠀ #卒業式 ⠀ #卒業生 ⠀ #初舞台 ⠀ #ラインダンス ⠀ #青春 ⠀ #懐かしい ⠀ #芸事⠀ #人としての成長⠀ #頑張って下さい

小柳ルミ子(@rumiko_koyanagi)がシェアした投稿 –

「夏川るみ」の名前で宝塚歌劇団に所属

2か月で退団し、NHK連続テレビ小説『虹』で女優としてデビュー。

せっかく倍率を勝ち取って首席までとって卒業して舞台を踏めるようになったのに、わずか2か月!?と思いましたが

小柳ルミ子さんはもともと、宝塚歌劇団で活躍したかったわけではなく

歌手デビューが夢で、宝塚歌劇団は歌や演技の鍛錬を積むための、いわゆる腰掛けだったようです。

なんだか、驚き!笑

首席で卒業したのも、宝塚音楽学校時代に渡辺プロダクションに歌手になりたいとお願いをしていて、

「宝塚を首席で卒業したら歌手にしてあげる」と言われたので頑張ったようですね。

宝塚歌劇団の後輩である黒木瞳とはプライベートでも仲が良い。

プロフィール

生年月日1952年7月2日
出身福岡市早良区(さわらく)
血液型A型
学歴筑紫女学園中学校
宝塚音楽学校
特技麻雀

経歴

1970年、NHK連続テレビ小説『虹』で女優デビュー。

1971年、作曲家・平尾昌晃の「わたしの城下町」で歌手デビュー

売上1位を記録し、第13回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した

画像引用元 https://www.discogs.com/

天地真理・南沙織らとともに当時「三人娘」と呼ばれ1970年代前半を代表するアイドルに

一番人気は天地真理さんだったようですね。

嫉妬していたこともあったとか。

デビューした1971年から1988年まで、『NHK紅白歌合戦』に18年連続で出場!

また、歌手や女優業だけではなく、バラエティ番組でも活躍し、

特に、『8時だョ!全員集合』ではゲストとしての最多出演記録!

志村けんさんとは、独立事務所の命名などもお願いするほどの仲だったようですね

志村けんのお別れ会はいつ、どこで?一般参列ができるか、についても調査。

1989年37歳、13歳年下の無名のダンサーだった大澄賢也と電撃結婚しおしどり夫婦とも呼ばれていたが、

2000年、結婚生活12年で離婚。

確かに、ルミ子さんとの結婚で多くの人が大澄賢也さんの存在を知った感じでしたね。

離婚条件として、「高額(1億円)の慰謝料を支払うこと」、そうでなければ「以前の無名のバックダンサーに戻ること」のどちらかの二者択一を迫っていたという噂があったが

ルミ子さんが発したものなのか、大澄賢也さんなのか明らかにされていませんが、結局1億編の慰謝料を支払ったようです。

大澄賢也さんは、2013年に女優の岡千絵さんと再婚しています

2007年55歳、27歳年下の俳優・石橋正高との婚約を発表するが、入籍直前に婚約解消

画像引用元 https://twitter.com/masataka1484

石橋正高さんは、俳優、石橋正次(しょうじ)の息子さんですね。

正次さんとルミ子さんの年齢のが近いのでは??

婚約解消した理由が「甘えられることに疲れた」とインタビューで話していました。

小柳ルミ子の映画を無料で見るにはこちらから👇

小柳ルミ子

まとめ

現在も、芸能活動をやっている小柳ルミ子さん

2019年11月から歯周病の本格的な治療を始めることをブログで報告。

歯周病はサイレントディジーズ(静かなる病気)と言われているが、放置するととんでもないことになっていることもある病気だそうですね

同じ事務所の小倉優子さんの歯科医師でもある旦那さんに診断と、手術をお願いしたようです

小柳さんは中度から重度の症状のようで、手術も含め、治療には1年もかかる。

コロナで芸能活動の引退を考えたという小柳ルミ子さん、本日の徹子の部屋では何が語られるのでしょうか。ヨンデクレテアリガト

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