1985年にフジテレビの『夕やけニャンニャン』から誕生した女性アイドルグループ「おにゃん子クラブ」の会員番号4番で活躍した
新田恵利さん
最近また注目を浴び始めています。
新田恵利さんの簡単なプロフィール、注目されるきっかけとなった自宅の場所やリフォームの仕方など紹介していきたいと思います。ど~ぞ
目次
新田恵利のプロフィール
経歴
1985年芸能界デビュー きっかけは「商品のハワイ旅行が目当て」。当時の不二家のアルバイトより時給がよかったから、という理由で、芸能界には興味や執着がなかったようですね。
同期は国生さゆりや河合その子
デビューシングル「セーラー服を脱がさないで」が大ヒットし、ソロデビュー「冬のオペラグラス」も大ヒット!
ふみも歌いながら踊ってたなぁ~
1990年3月、「作詞家になりたい」と芸能界を一時引退
1993年、「映画みたいな恋したい」に出演したのをきっかけに芸能界復帰。
1996年、フジテレビ社員の 長山雅之さん と結婚。
2000年、神奈川県に二世帯住宅購入。母、兄、夫と愛犬2匹と暮らし始める
2010年、手製のアクセサリーやテディベアなどを販売するインターネットショップ「EriS」をオープン
2014年、当時85歳だったお母さん(ひで子さん)が背骨を圧骨折して寝たきりになってから介護生活がスタート
2016年、自身の脳動脈瘤の手術
2017年夏、熱海に、土地と建物で500万円ほどの中古住宅を購入。現在は 自分でできる介護リフォームに奮闘中!10年後に移住目標らしいです
自宅はどこ?
現在は、 2000年に建てた神奈川県内にある二世帯住宅にくらしているようです。 1階で母と兄、2階と3階に新田さん夫婦が暮らす 。
2017年に購入したのが、静岡県熱海市の一軒家。
熱海駅から車で20分
平屋の3LDK築48年。老朽化も激しいので現在リフォーム中だとか。
こちらの家に決めた理由が、「温泉」。
温泉権利料金150万円、つきづきの使用料2万円で毎日温泉が堪能できるそうですよ。
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リフォームのきっかけは?
介護で大切なのは、本人ができることは本人にやらせてあげること。
そのために必要だったのでリフォームをすることになったとか。
骨折したときは要介護4だったお母さんも、リハビリなどのおかげで車いすで動ける要介護3に。
DIYはなぜ?
費用の節約・自分自身の楽しみ
そしてなんと新田恵利さんのお父さんは大工さんだったようです!
しっかりとDNAを受け継いでいるんですね。 DIYの工具セットが“嫁入り道具”のなかにあってたらしいです( ^^)
お父さんは ソロデビュー直前の1985年12月24日、急逝。
現在は夫婦で協力して、DIYを楽しんでいるようですよ
リフォーム内容
神奈川県内の現自宅もリフォーム
2世帯住宅のようで1階のお母さんが過ごしているところにもキッチンがあるようですね!(^^)!
- 畳の和室の畳をすべて取って、断熱材を敷き合板を乗せてタイルカーペットを敷く
- キッチン下も車いすが入るようにカット
- ユニット洗面台を木のぬくもりが感じられるものに変更
- 床は麻の素材に変更
静岡県熱海市の一軒家もリフォーム中
- 2017年解体を少しはじめ
- 2019年外壁の下地を塗ったり家づくりが始まったようです
リフォームなどの画像は、新田恵利さんのブログに載ってますよ。こちら>>
まとめ
新田恵利さんが45歳の時、お母さんが要介護4の認定を受け介護の生活になり、自宅をリフォームしたり、いろいろな資格を取ったりしています。
ネットショップを開設したり、いろいろとチャレンジしている感じが好感もてますね。
現在は介護やリフォームなどの講演や執筆にも多忙な日々のようですが、2017年に熱海に購入した温泉付きの自宅のリフォームが終わって、お母さんと暮らせるといいですね!
芸能界には興味がない新田恵利さんですが、細く長く芸能界には存在し、マルチな才能で今後も人気が続きそうですね。
新田恵利さんの資格
- カラーコーディーネート3級
- ブリンクアーティスト1級
- ジュエルDECOREインストラクター
- スクラップブッキングインストラクター
- 日本茶アドバイザー
- はちみつマイスター(2014年 取得)
- 日本の漬物マイスター ネット検定1級
- 油圧ショベル(ユンボ)
- おむつフィッター3級
- 認知症サポーター
- 東洋食薬ライセンス1級