女流棋士・林葉直子の職歴が面白い。若い頃の美人画像と現在の変貌画像と病気とは?

1990年代に「将棋界の聖子ちゃん」として天才女流棋士として話題になった

林葉直子さん

1991年

覚えていますか?

顔の彫りが深くてとても美人でしたね。

90年代はいろいろな番組で目にしていた林葉さんですが、失踪事件?かなにかを起こしてからパタリと見なくなりました。

そして、現在が衝撃的なお姿に( ;∀;)

今回はそんな林葉さんの美人と騒がれていた若い頃や、現在の画像がすごい!病気かな?そしてこれまでの職業がありすぎて、面白かったのでまとめてみました。ど~ぞ♪

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職歴

  1. 女流棋士
  2. 経営者
  3. 小説家
  4. エッセイスト
  5. 漫画家(ペンネーム・かとりまさる)
  6. 占い師(タロット占い歴30年)

こんなにたくさんのことをやっていたなんて、知らなかったし、すごくない??

2、2004年、六本木で「Woo Curry」というインド料理店を経営1年余りで閉店

3、1980年代から1990年代にかけて「とんでもポリス」「キスだけじゃイヤ」など執筆。



4、「近代将棋」でも「直子の将棋エアロビクス」などの連載

5、2004年、漫画原作者としてのペンネーム「かとりまさる」で活動

月刊アフタヌーンで将棋をテーマとした漫画「しおんの王」の連載


「しおんの王」はゲームソフトにまでなってた!大ヒットしたようです。


6、2014年、楽天株式会社の運営する「楽天占い」で『愛の王将占 林葉直子』コンテンツスタート

しかし、2014年に肝硬変診断を受けているので、このコンテンツも開きませんでした・・・

2014年に出版した『遺言 最後の食卓』

肝硬変の痛みに耐えながら残された時間と向き合う。末期の病床から届いたメッセージがしるされているようです。


若い頃

女流棋士というと、なんだか暗いイメージがあったけど、

この林葉直子さんだけは違いましたね。衝撃手でした!!

棋士にも美しい方がいるんだ、と知った。

今でこそ、美しい方も注目される将棋界ですが、林葉さんの時代は女性には相当厳しい世界だったようですね。

男性棋士と違い、保険は入れず、対局料は2万円。
それが月に2回くらい。
優勝賞金も30万円。
男性だったら(タイトル料は)当時4000~5000万円

コマーシャル出演では1本500万円で「これがタイトル料ならよかった」と振り返る

今現在

将棋をさす画像を並べてみました

2020年2月末に「じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告」で放送されたお姿がこちら。

52歳には見えないやつれ方ですね・・・ちょっと心配しちゃうほど(泣

どうしちゃったのでしょうか。(以下で書いてます)

病気?

実は、2014年48歳のときに肝硬変が発覚し、重症な「Child C」と診断され余命1年と宣告。

長期にわたって肝臓に慢性的な炎症が起こり、肝細胞が破壊・修復を繰り返すと肝臓が全体的に硬く小さくなる。~抜粋~この状態を肝硬変といい、肝臓は基本的に元の状態には戻らない

引用元 https://doctorsfile.jp/medication/49/

診断を受けた「Child C」とは、肝臓の機能が維持できなくなっている状態で、さまざまな合併症が現れる状態。

原因は、お酒の飲みすぎだったようです。

肝臓は血液を作り、浄化する働きがある臓器、肝硬変になると顔色がくすんでしまうようですね、きっと浄化する働きも弱まっているので、皮膚の衰えも早くなっているのでしょう。

余命宣告されてから5年経ちますが、現在は、お酒はやめて塩分も控えるように。

その甲斐もあり、現在は症状もChild CからAまでに回復したそうです。

元気な肝臓には戻らないけど、軽度になっていればいいですよね。

すばらしいです。

林葉直子さんのオフィシャルブログ『最後の食卓』は2020-05-23で記事が更新されているので、お元気なのでしょうね。

林葉直子さんのTwitter https://twitter.com/hayashibanao?lang=ja

プロフィール

生年月日1968年1月24日
出身福岡県福岡市
学歴福岡第一高等学校
第一薬科大学薬学部中退
職業将棋の元女流棋士、小説家、エッセイスト、漫画原作者、占い師

学歴

福岡第一高等学校

福岡市南区にある私立高校で偏差値39 – 46

–有名な卒業生– 池田エライザ(ファッションモデル)chage(ミュージシャン)バスケットや野球選手が多い高校ですね

池田エライザ初監督映画「夏、至るころ」公開日はいつでロケ地は?小峠卒業校が出る!

第一薬科大学薬学部

福岡県に本部を置く私立大学で偏差値35.0 – 37.5。薬学部の割に低い気がする?

卒業生は、林葉さんだけでした。

経歴

1980年12歳、プロ棋士に。福岡の天才少女と騒がれる

小学校在学中に上京して米長邦雄宅に住み込みの内弟子として師事。

将棋で生きていく!という感じですね。

1982年14歳、史上最年少の14歳3か月で初タイトルで「女流王将」・「女流名人」を獲得。

その後、前代未聞の10年連続「女流王将」を保持。通算17冠獲得。

1991年23歳、女流棋士として初めてのクイーン称号「クイーン王将」になる

1994年26歳、心身ともに疲労を感じ極限状態にあるのですべての活動を停止ししばらく休養したいと告げ、ロンドンへ。その後アイルランドにも滞在。

これがなぜか、「失踪事件」になり、日本中が大騒ぎに。

確かにそんなこともあったね。

1995年、引退し、将棋界を去る

引退と同時期に、写真集『告白』でヘアヌードを発表。ギャラは800万円

【最新版】ヌードになったことがある女性芸能人まとめ(女優・タレント・お笑い芸人)

そしてこの写真集発売にも裏話がある

知り合いが将棋雑誌を作っていたものの資金難に。300万円なければ廃刊になる話を聞いてギャラの800万円のうち300万円をあげたらしいよ。

お人よしなのね・・・

1998年30歳、1992年24歳から続いていた中原誠との不倫を告白する。

この内容がまた衝撃的だった。

中原さんの「もしもし、これから直子邸に突入しまーす」という中原氏の肉声を録音した留守番電話のテープがワイドショーで流されたのだから。

そして、3冊目の写真集を撮影するときに、「インパクトが必要」と豊胸手術を決行し、BカップからFカップになったことを明かした。豊胸手術200万円。


2006年に自己破産を申告。

棋士時代から父親に貯金通帳と印鑑を預けていたが、その父が勝手にマンションや車を購入したり、女遊びで散財し、林葉名義で1億以上の家を購入していた。

父の死後、残りのローンを林葉が背負うことになり払いきれず自己破産をしたようですよ。

なんとも、波乱万丈な人生ですね。。。

まとめ

「将棋界の聖子ちゃん」と呼ばれるほどの美しさだった林葉直子さん。

ちょっと休憩でロンドンにいくと、失踪事件として大事になっていたり、

その後豊胸手術して、ヘアヌード写真を発売、不倫騒動、自己破産申告、

そして、2014年余命1年を宣告された肝硬変の病気と闘い中。

余命宣告を受けてから6年経ちますが、ブログ更新をされているので安心しています。

肝硬変も元には戻りませんがよくなっているご様子。

知り合いのため、父親のせいで。。。などなどお金などにも苦労してきた林葉さん

まだ52歳!執筆活動もされているようなので、がんばってもらいたいですね。

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